ホストマザーのつぶやき&世界観          @オーストラリア

ゴールドコースト&ケアンズ在住。 国際結婚したホストマザーのつぶやき。世界のびっくりニュースや面白い話題を。                      (続・海外に住んでも英語は喋れない)     

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父の最期にも葬式にも間に合わなかった

覚悟はしていた。

ずっと以前から。
いつかこんな日が来るかもしれないことを。

そう、国際結婚をして、
オーストラリアに移住 した日から。


そして、そんな日はあっけなく,
突然やって来た。

その日何故か真夜中3時過ぎに目が覚め
眠れないまま、ずっとソファーに座ってボーとしてたから。
朝方まで。

夜が明け、電話が鳴った時、私は直観でわかった。
受話器を取るのが怖かった。
国番号81と表示されてたから。


後でわかったことだけど、
私が夜中に目が覚めた頃、父が息を引き取ったとのこと。
やはり虫の知らせってあるのだろう。


すぐ航空券の手配をした。
福島原発の影響で、地震以来日本へ行く旅行者は激減したそう。
だからチケットはすぐ取れると思った。

でも、大地震以来、日本へ乗り入れている航空会社はどこも大混乱しているらしい。
大幅なフライトの変更とキャンセルで。
結局2日後のフライトしか取れなかった。

もっとも翌日のフライトが取れたとしても結局間に合わなかったのだけど。
葬式は翌日の朝9時だったから。


亡くなって30時間後に葬式だなんて、あまりに短すぎる。

日本の葬式は、そうなのだから仕方ないんだけど。
それが、ドイツでは違うのよね。

昨年の暮、主人(独夫)の父が亡くなった時、

葬式はなんと9日後だった。

なので、独夫は葬式に間に合った。
海外在住者にとっては、ドイツのような葬式は救われる。


結局私は、最愛の父の葬式にも間に合わなかった。

祭壇に飾られた遺影、
それが私が対面できた父の唯一の姿だった。


その父の葬式で飾られた遺影は、
父がオーストラリアに来た時に、私が撮ってあげた写真だった。
ニッコリ笑った父の笑顔。

父がオーストラリアに滞在した2週間の思い出が、
   走馬灯のように蘇ってきた


オーストラリアで撮ったどの写真も、父は本当に幸せそうだった。
父とのいい思い出ができた。

 「お父さん、オーストラリアに来てくれてありがとう。」 

腰痛がひどく、ヘビースモーカーの父は、
8時間も禁煙はできないし、じっと座ってもいられないと言って飛行機に乗りたがらなかった。
どんなに勧めても、何年もいい返事をしなかった。


それが、どういうわけか、ある日、
「オーストラリアに行ってみようかな~。」ってぽつりと呟いたときがあった。

「よし、今がチャンス!これを逃したら2度と来るなんて言わないかもしれない。」

すぐにパスポートの申請をして、どんどん話を進めていった。
ちょっと強引だったかもしれないと反省したこともあるけど、
でも、今となっては私のその強引さを褒めてあげたいと思う。

何故なら、
父は、そのオーストラリア訪問の半年後に倒れ、寝たきりになったから。
あの時に来なかったら、間違いなく一生これなかったはずだから。

それもきっと何かの虫の知らせだったのかも?


父のオーストラリア滞在中の写真が、スライドショーで参列者に流されたそう。
素敵なナレーションと共に。
親戚の人たちみんなから、「いい葬式だったわよ。」、って言われた。
「いい時にオーストラリアに行って、私の結婚生活を見ることができてよかったね。」、って。


「お父さん、オーストラリアに来てくれて本当に有難う!」
私は何度も何度も父にそう呟いた。

今も毎日何度もつぶやいている。
お父さん、今までありがとう。」、と。


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*Comment

NoTitle

こんにちは、日本の左衛門です。

まずは、お悔やみ申し上げます。
お父様はオーストラリアに行かれたのですね。
うちの母は15年近く前に亡くなったのですが、
やはり姉の結婚式でハワイに行った時、楽しそうでした。
普段からあまり旅行に行かず、海外も初めて。
やれなかったことを考えるとキリがありませんので、
やれて良かったことを考えたいですね。

楽しい思い出がいつまでも残りますように。
  • posted by 左衛門
  • URL
  • 2011.04/28 14:44分
  • [Edit]

左衛門さんへ

コメント有難うございます。

左衛門さんがお母様の看病をされてた時のこと、よく覚えています。
あれから15年も経つんですね。
ホント、光陰矢のごとし、今更ながら驚いています。

あの頃頂いたお手紙、今でもで大事に持っています。
実は今回の帰国の際に、大切にしたい手紙だけを持って帰ったのですが、左衛門さんの手紙もその中にあります。

就職を見送ってまでお母さんの看病をされた左衛門さんは、きっと自分ができる精一杯のことをしてさし上げたから、その意味では思い残すことはないと思います。
私にはそれが出来なかったから申し訳ないという気持ちがいっぱいだけど、でも左衛門さんも言われるように、いい思い出だけを心に残していきたいと思います。

ブログ、いつも読ませていただいています。
コメントができないので、ここに書かせてもらいますね。
  • posted by cherry
  • URL
  • 2011.04/28 15:07分
  • [Edit]

NoTitle

心からお悔やみ申し上げます。

海外に住んでいる者として、やはり日本の家族との別れは、覚悟しているものですよね。ただ、それがやってきた時に、覚悟はしているものの、受け入れがたい、辛い思いをするのは仕方ないのかもしれません。

お父様、オーストラリアに行かれたんですね。きっと、お父様はCherryさんのオーストラリアでの生活を見て、安心されたでしょうね。

Cherryさん、お身体気をつけてくださいね。お父様はきっと、天国でCherryさんのことを見守っていらっしゃいますよ。
  • posted by KaoriNG
  • URL
  • 2011.04/28 15:39分
  • [Edit]

NoTitle

お悔やみ申し上げるとともに、
お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

葬儀にも出られなかったとのこと。
悔しい思いをされたのでしょう。
ただでさえ親との別れはとても辛く耐え難いものです。
私自身、大好きだった父を亡くしておりますので、
幾分か気持ちが分かるつもりです。

どうぞご自身のお体を大切になさってください。
そうすることでお父様も安心されると思います。

つたない文章ですみません。
  • posted by バジ子
  • URL
  • 2011.04/28 22:16分
  • [Edit]

Cherryさんがんばって。

私も父の死に目にも葬式にも間に合わなかった。
私の誕生日の3日後に逝っちゃいました。もう4年前の話。父の誕生日の為に日本に帰る日取りを相談するのに電話をかけた前の早朝に亡くなってもうお葬式も済んでたんです。私の電話番号が見当たらなくって電話が出来なかったって。確認したらちゃんと引き出しに入ってました。今いるこのコンピュータールームになんちゃって仏壇置いて、たまに一緒にコーヒー飲んだり、ビール飲んだりするんですよ。色々思い出します。
  • posted by ふぅみん
  • URL
  • 2011.04/28 22:17分
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  • posted by
  • 2011.04/28 22:27分
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  • posted by
  • 2011.04/28 22:49分
  • [Edit]

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  • posted by
  • 2011.04/28 22:56分
  • [Edit]

お悔やみ申し上げます

お悔やみ申し上げます。

わたしも、海外に住む一人として
家族との別れは怖いですね、

「お父さん、オーストラリアに来てくれて本当に有難う!」
このフレーズで泣きそうになちゃいました、


私の妻も一昨年亡くなりました。
危ないという知らせが入り、
なんとか間に合わせたくおもい、
駆け付けたことを思い出しました。

ただ、子供が生まれてちょうど1ヶ月だったので、
子供の手続きのために、厦門から広州まで車で
行って、(約10時間)そのあと妻の田舎へ行きました、
杭州から妻の田舎までも約10時間かかります、
合計20時間の道のりを車で行きました、、


Cherry さん 身体にきをつけてくださいね、
ゆっくり休んでください。
  • posted by doizo
  • URL
  • 2011.04/29 00:25分
  • [Edit]

確か、桜子さんも予感でコンチネンタル航空で飛んで帰られた経緯が有ったとか、
cherryさんは叔父様だけに知らせてご両親に内緒でご結婚(あ、間違ってたらすみません!)とか思い出すと、
cherryさんのブログを長年拝読していると、リアルな記事に生の人のいとなみを感じます。
  • posted by リオ
  • URL
  • 2011.04/29 00:39分
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  • posted by
  • 2011.04/29 07:03分
  • [Edit]

NoTitle

読みながら、父が逝った日の事を思い出してました。
父は今から17年前に、55歳と言う若さで逝ったんですが、頚動脈瘤破裂と突然だったので、家族の誰一人死に目に遭えなかったんですよ。
同じ日本でもそう言う事は起こり得るんですよね。
でもここにいても父を思い出さない日はないし、父を感じる日もあります。
Cherryさんはまだショックから抜け切らず、悲しみが心を占めている事でしょう。
お父様はいつも側におられ、見守っていて下さいますよ。
お父様のご冥福を心よりお祈りいたします。
  • posted by ree
  • URL
  • 2011.04/29 08:20分
  • [Edit]

Cherryさん

心からお悔やみ申し上げます。

私は、子供のころに、
事故で亡くしているのですが、
今回のCherryさんの悲しみは
想像以上のものかと思います。

海外に暮らしていると、
やはりこういった覚悟が必要なんですね。


うまく言葉にできませんが…

今は身体を大事にして、
ゆっくりしてくださいね。



  • posted by Sun
  • URL
  • 2011.04/29 08:22分
  • [Edit]

いつか来る日

親の死は、誰にでも必ず訪れるもの。分かってはいるのですが、心の準備なんぞ出来やしません。
祖母が亡くなった時、母の枕もとを訪れたそうです。寝苦しい夜、ふと気がつくと祖母が枕もとに立つのでなく、座していたそうです。ブログにも昔書きましたが、親は一番気にかけている子供の枕もとを訪れるとか。大切に思われていたのですね。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
  • posted by ヌマンタ
  • URL
  • 2011.04/29 10:19分
  • [Edit]

バジ子さんへ

> 私自身、大好きだった父を亡くしておりますので、
> 幾分か気持ちが分かるつもりです。

お気持ち、有難うございます。
バジ子さんも大好きなお父様を送って差し上げたんですね。
私の記事を読んで、思い出させてしまったかもしれませんね。
でも、、亡くなった人のことを思うと、その思いはその人に届くそうです。
少なくても私はそう信じています。
  • posted by cherry
  • URL
  • 2011.04/29 16:50分
  • [Edit]

ふぅみんさんへ

ふぅみんさんのコメントを読みながら、涙が止まりませんでした。
私と同じくお父様の死に目にも葬式にも間に合わなかっただけでなく、亡くなられたことすら後で知ることになっただなんて・・。

電話番号・・・、
普段海外にしょっ中かけるわけではないから、いざという時には「電話番号が見当たらない」なんてこともあるでしょうね。悔しいですよね、ちゃんと引き出しの中にあったのに。

4年前の話でも、きっと今でもずっとお父様のこと、心の中になると思います。

>今いるこのコンピュータールームになんちゃって仏壇置いて、たまに一緒にコーヒー飲んだり、ビール飲んだりするんですよ。色々思い出します。

そんなことができるんですか?
私も出来たらこっちに仏壇を持ってきて、毎日供養をしてあげたいったのですけど、そんなことは無理だと親戚の人に却下されました。
でもなんちゃって仏壇を置いて、一緒にお酒を飲むなんていいですね。
本物の仏壇であろうが、何ちゃって仏壇であろうが、気持ちが大事だから。
素敵な情報有難うございます。
って、具体的にどうされているんですか?
  • posted by cherry
  • URL
  • 2011.04/29 17:14分
  • [Edit]

doizoさんへ

> わたしも、海外に住む一人として
> 家族との別れは怖いです、

海外に住んでいる以上、いつかはやってくる日だと覚悟をしていても、やっぱりね・・。
でも中国はまだ近いし、飛行機の便も多いのでは?

奥さんのお父様かお母様が亡くなられた時、合計20時間も運転されたとか。
危篤状態でのその距離は凄く長く感じられたでしょうね。
間に合われたのでしょうか。
そういう状態の時って、当事者にはわかるみたいで、ちゃんと待ってくれるって聞きます。

有難うございます。
  • posted by cherry
  • URL
  • 2011.04/29 17:25分
  • [Edit]

NoTitle

謹んでお悔やみを申し上げます。

こちらに移住して来た時、両親はまだ60代と若く、何も考えずにこちらに来ましたが、最近は帰国の度に老いていく両親を見るにつけ、日本を離れた自分に後悔の念と死に目には会えないかもしれないという覚悟が固まりつつあります。

お父様はcherryさんに最後に会いに来られたのですね。
私も離れてみて親の有難さを感じました。
  • posted by naonyan
  • URL
  • 2011.04/29 17:31分
  • [Edit]

リオさんへ

リオさん、昔の記事をよく覚えていらっしゃるんですね。
びっくりです。

> cherryさんは叔父様だけに知らせてご両親に内緒でご結婚(あ、間違ってたらすみません!)とか思い出すと、

そうなんですよね、家族にも親戚にも誰にも知らせずに結婚しました。(叔父にも)
絶対に賛成してもらえないのはわかっていたから。
ひょっとしてわかってもらるかもしれない、って話して、もし反対され、結婚そのものがダメになるくらいなら、初めから話すのはやめよう、って決めたんです。

それまでにも、何度も諦めたから。
私が結婚したいと思った人はみんな外国人で、それは決して受け入れられないことだったから。

誰にも祝福されないで結婚するのは寂しかったですけどね。(友達には話しましたが)

だから、父がオーストラリアに来てくれて、独夫と2週間一緒過ごしてくれたことは、本当に奇跡に近いことだったんです。
私にとっていい思い出です。

リオさん、ありがとう。
  • posted by cherry
  • URL
  • 2011.04/29 17:41分
  • [Edit]

reeさんへ

17年前に、reeさんのお父様が亡くなられたことは知りませんでした。
旦那さまのお父さまのことはブログで存じてましたが。
とてもよくお世話をされてましたよね。自分の本当のお父さんのように。
きっと何もしてあげられなかったreeさんのお父様の分もされていたんでしょうね。

> でもここにいても父を思い出さない日はないし、

17年たってもそうなんですね。
きっとこれからもずっとそうでしょうね。
私もきっとそうだと思いますし、
そうしてあげたいとも思っています。

>父を感じる日もあります。
あるでしょうね。
あの世であろうが、この世であろうが、思いは通じると思っています。

reeさん、いつも有難うございます。
  • posted by cherry
  • URL
  • 2011.04/29 17:49分
  • [Edit]

Sunさんへ

Sunさんのお父様のことは以前ブログの記事で読ませて頂きました。
子ども頃の突然のお父様との別れが、どんなに悲しくてつらいものか、
私の想像をはるかに超えるものだと思います。

> うまく言葉にできませんが…

いいえ、お気持ちは凄く伝わってきます。
有難うございます。
  • posted by cherry
  • URL
  • 2011.04/29 18:15分
  • [Edit]

ヌマンタさんへ

> 親の死は、誰にでも必ず訪れるもの。分かってはいるのですが、心の準備なんぞ出来やしません。

ホント、そうなんですよね。
心の準備なんてできないです。

> 祖母が亡くなった時、母の枕もとを訪れたそうです。

そういう話、よく聞きますよね。
私も同じ経験があります。
子供のころ亡くなった祖父は、私の寝てる蒲団の足もとに座っていました。
あれって、真っ暗でもわかるもんなんですね。
目で見てない・・・、なんていうのかしら、一瞬にしてわかる。
とにかく不思議な体験でした。

だから子供の頃から、目に見えないものの存在を信じています。

ヌマンタさん、ありがとうございます。
  • posted by cherry
  • URL
  • 2011.04/29 18:29分
  • [Edit]

naoyanさんへ

> こちらに移住して来た時、両親はまだ60代と若く、何も考えずにこちらに来ましたが、最近は帰国の度に老いていく両親を見るにつけ、日本を離れた自分に後悔の念と死に目には会えないかもしれないという覚悟が固まりつつあります。

そうなんです、私も同じです。
一時帰国するたびに年老いていく両親をみるのはつらいですよね。
と同時に、申し訳ないという思いが・・。

母を見送った時は、丁度冬休みで一時帰国している時だったので、十分看病も、その後のことも心おきなくできたのですけど。
だから余計大好きだった父に何もしてあげられなかったことが心残りなんで。
でも、いい思い出だけを思い出して、しっかり前を向いて進んでいこうと思います。

naoyanさん、ありがとう。
  • posted by cherry
  • URL
  • 2011.04/29 18:36分
  • [Edit]

KaorinGさんへ

KaorinGさん、ありがとう。

KaorinGさんのご両親はまだ若いから、きっとまだそれほど切実には考えてないかもしれないけど、
外国に住んでいる以上、いつか考えさせられる時が来ると思います。

私もアメリカに住んでいた20代、30代は、両親もまだまだ元気でバリバリに働いていたので、全然考えていませんでした。
でも、自分が年を取るのと同様に、両親も年を取っていくんですよね。

  • posted by cherry
  • URL
  • 2011.04/29 18:43分
  • [Edit]

NoTitle

驚きました。
お寂しくなりましたね。

虫の知らせってあります。
私も一度知人が枕元に。

3年前父を失くしたときは納骨まで6回もいろんなことがありました。

科学的に解明されていなくても、本人が感じることであって、知らせに来てくれた、別れを告げにきてくれたのだと思えばいいのではないでしょうか。

法事が全て済んだ後、一人でお墓に参り、それまで経験したこともないほど号泣しました。

とても冷静にしていらっしゃる cherryさん、大丈夫でしょうが、泣きたい時は思いっきり泣きましょうね。

たくさんのブローガーさんたちが応援していますよ。


  • posted by 白秋マダム
  • URL
  • 2011.04/29 23:56分
  • [Edit]

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  • posted by
  • 2011.04/30 16:35分
  • [Edit]

白秋マダムさんへ

そうですね、 科学的に解明されようがされまいが、本人がそうが感じてそう思うのなら、私もそれでいいと思っています。
科学で証明できないものはこの世の中にたくさんあるし、科学だけが全てでないのかな~って。
科学者がどんな実験をしても、必ずぶち当たる壁があると聞きます。それが何なのか、私もとても興味があります。

> 法事が全て済んだ後、一人でお墓に参り、それまで経験したこともないほど号泣しました。
何となくその気持ちわかるような気がします。
私も今は実感がないけど、きっといつか突然そんな日が来るのだろうな、って思っています。

白秋マダムさん、ありがとうございました。
  • posted by cherry
  • URL
  • 2011.04/30 17:54分
  • [Edit]

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プロフィール

cherry

Author:cherry
LA → ゴールドコースト → ケアンズ → ゴールドコースト

2つの世界遺産に囲まれたケアンズで、のんびりホストマザーをしながら異文化を楽しんでいましたが、永住を決めた地であるゴールドコーストに戻ってきて、次の旅行を計画中。只今リゾートホテル滞在中。


    家族

★ cherry ・・・ 旅が大好き。
夢・・・死ぬまでに世界制覇を目指す。(100カ国訪問を目指しているけど、まだ40カ国位しか行けてない)
  

★ 独夫さん(ドイツ人の夫だから独夫) ・・・・生まれはドイツ、でも住んでいる期間はオーストラリアの方が長い。
  
インドに住んで以来、インドにぞっこん。
目指すはアマゾン。(私も同じく心はインドと中南米に!)
独学で日本語を猛勉強中。

★ 桜子・・・大学生(娘)
今、日本に滞在中

★ プーチー・・猫。(オス)
アメリカンショートヘアー・・・?
我が家で一番グルメで賢い
(が、今は人様の猫君に)

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